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近江商人と長浜商人
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21.二代目と清流亭、その人脈
清流亭 二代目下郷は大正14年(1925年)、名工小川治兵衛の手による京都超一流の別荘を南禅寺の畔で手に入れた。白川からの清流を引き入れた名庭と眺め、そして建造物の結構が世に聞こえ、一泊した東郷平八郎(元帥)が「清流亭」と名づけた。

昭和2年、久邇宮邦彦夫妻の訪問の後、同3年東伏見宮夫人が4泊している。昭和15年には東久邇宮稔彦(敗戦後、初の皇族内閣を組閣)、同年3月には、寺内寿一(元元帥、陸軍大臣)が訪れている。この他清流亭を訪れ、下郷と交際した著名人は主なものだけでも次の通り、多士彩々であった。
△政治家=近衛文麿(首相)後藤新平(内閣、東京市長)、斎藤実(首相)、清浦奎吾(首相)、山本達雄(日銀総裁、蔵相)、
  有田八郎(外相)、本多龍太郎(中国大使)。
△軍人=加藤寛治(大将)、末次信正(同)
△教育家=中川小十郎(立命大創立、学長)
△実業家=添田寿一(台湾銀行、日本興業銀行総裁、報知新聞社長)、大川平八郎(王子製紙専務、大川財閥)、
  大橋新太郎(東京商議所会頭、大日本ビール社長)、菊池恭三(大日本紡績社長、日本レーヨン会長)、野村徳七(野村
  銀行、野村證券創立)、浜岡光哲(京都商議所会頭、京都織物、京都火災保険社長)
△言論人=徳富猪一郎(蘇峰)、高石真五郎(毎日新聞社長)
△学者=黒坂勝美、武田五一、浜田耕作、巖谷小波
△宗教家=平田貫一、大谷句仏、阿部恵水、関精拙、西田天香、橋本独山、管憲宗、山崎大耕
△画家=竹内栖鳳、橋本関雪、菅楯彦、渡辺公観、吉川霊華、野原桜州
△工芸家=神坂雪佳、清水六兵衛、沢田宗山、伊東陶山、宮永東山
△名士=松平頼寿、柳原義光、大村彦太郎、弘世助太郎、清閑寺経房、上野竹次郎、杉山茂丸
△芸能人=市川三升、市川市蔵、竹本菜女

彼の別荘にはオットー独大使やアメリカ、中国の要人も来訪しており、
二代目を中心とする人物往来のスケールの大きさが際立っていた。

編注:現在 清流亭は、京都市の大松株式会社により大事に管理されている。
参照:http://www.daimatsu-kyoto.co.jp/seryutei.htm
    NHK BS H16/7/2 放映 「京都、知られざる光の庭」―庭師100年小川治兵衛の近代―
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21.謙信と信玄、下郷と浅見
浅見又蔵翁浅見又蔵翁
明治のころ、京都、大阪方面で活躍した近江商人は少なくないが、当時関西の財界で長浜の殿様とはやされた大物が2人いた。一人は下郷傳平、いま一人は浅見又蔵だった。両雄並び立たずというが、長浜の2人の殿様は教育に、福祉に、産業に多大の貢献をし、その恩恵は長浜に留まらず、湖北は勿論全県下に及んだ。

下郷は明治31年56歳で亡くなったが、浅見は2年後の明治33年、あたかも下郷を追うように他界した。61歳だった。後年、評論家の中には2人を評して、下郷を上杉謙信、浅見を武田信玄になぞらえた。いずれも戦国の世に天下をうかがったが、その器量と力を備えながらも病魔に災いされ、謙信は48歳、信玄は52歳でこの世を去っている。

下郷と浅見は性格が相反したため取り巻き連中は2人の間の不仲を言う者が多かったが、明治31年、浅見は死を前にした下郷を京都の別荘に見舞った。下郷は涙を流さんばかりに喜び、2人は握手して世間の不仲説を一蹴したことがある。もし2人にあと10年、20年の寿命が許されていたら、と思うにつけ、志空しく途中で倒れた謙信と信玄に比較されるのであろう。

下郷はその遺志により図書館と博物館を残したが今はない。彼の寄付した長浜の三年寄・吉川三左衛門屋敷が今長浜幼稚園に蘇っているのは既に述べた。浅見は盆梅で広く知られる慶雲館を残した。
慶雲館は、明治21年明治天皇、皇后の両陛下の行幸啓にあたり行在所として建設した別荘で後に長浜市へ寄贈された。明治15年の北陸線敦賀〜長浜間の開通を前に、浅見は長浜〜関ケ原間の私鉄鉄道を計画した。

そして彼は長浜〜大津の湖上交通の重要性から慶雲館前の旧長浜港を改修した。
時は移り、旧長浜駅舎は廃止され、長浜港も埋め立てられて付近一帯の一部は市街地、他は公園化された。
旧長浜港の浚渫(しゅんせつ)によって生まれた明治山(港町)は今では戦没者の慰霊碑が建っているが、かつては明治の長浜港の入り口であった。
著者紹介
押谷盛利  おしたに もりとし
住 所
521-0001 滋賀県坂田郡米原町入江282
出身地
滋賀県東浅井郡浅井町野瀬
 
1944 中央大学法学部中退
1955 滋賀日日新聞記者
1959 長浜市市会議員 2期
滋賀夕刊新聞を創刊、社主としてコラム「時評」を連載執筆
1975 滋賀県県会議員
1986 滋賀彦根新聞 創刊
1990 わかさ新報  創刊
短歌誌
「好日」同人、俳句誌「天佰」同人
著 書
「ヨーロッパの素顔」1979
「本音で語る365日」1995
時評集「人間好き好き」1997 滋賀夕刊記載分
編 注
初代下郷傳平については平成7年6月2日から滋賀夕刊に連載された。
今回、同氏の快諾をえてその原文提供をうけ複写した。
下郷共済会出版の「長浜案内」、私家本「下郷久道傳」は市立図書館にある。
私家本とちがい この連載はジャーナリストの視点から独自の取材(一心寺住職、願養寺先代長義堂住職談)をへて初代下郷傳平久道翁の人物像を描いている。

2001/5/19 創立98年掲燈神社春季例祭及び事務所(鍾秀館)再興記念に第1版作成
2004/12  第2版

財団法人  下郷共済会


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