大津事件の参考website:
大津事件
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog161.html
大津事件
http://www.ffortune.net/social/history/nihon-mei/otu-ziken.htm
児島惟謙
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kojimaikenn.htm
下郷の56年の生涯は決して長いとは言えないが、生存中の彼の身辺は波乱に満ちていた。彼が貴族院当時の明治24年5月11日、ロシアの皇太子が大津で、滋賀県巡査津田三蔵に襲撃された。いわゆる大津事変で日本国中が大騒ぎとなった。
ロシア皇太子・ニコライ2世は、西シベリア鉄道の起工式をかね、日本に観光旅行中だった。同日、滋賀県庁で昼食後、宿舎の京都常磐ホテルへの帰途、警護中の巡査・津田三蔵が人力車越しに皇太子の頭部を斬りつけた。明治天皇は内相の西郷従道、外相の青木周蔵を伴い、京都へ急行して皇太子を見舞われ、政府も国民も国家危急の一大事と心痛した。
下郷は同月15日、献品と慰問書を添え神戸港に殿下を見舞っている。
当時、下郷の長男久成(二代・傳平)は京都三高(京大)の学生で、事件の翌12日夜9時15分、明治天皇の京都駅着を奉迎すべく学内が興奮したが寄宿舎の門限で果たせなかったと語っている。久成の妻・妙は当時の大津地方裁判所長・千葉貞幹の長女で、そのころ大津高等女学校の生徒だった。学校からの皇太子奉送迎に加わっていて事件を知りショックを受けたという。大津地方裁判所長・千葉貞幹は、犯人の津田巡査を裁いたが、死刑にせよとという政府や国民世論を拝して、司法の独立を守り、無期懲役刑を言い渡した。
彼は後々まで名裁判長と言われ日本の司法史に名を残した。その千葉裁判長の娘・妙が3年後の明治27年4月に下郷の長男久成に嫁した。大津事変と千葉裁判長、下郷の関わりこそ不思議というべき巡り合わせであろう。
編注:「ニコライ遭難」吉村昭著、新潮文庫、H8/11版では裁判長千葉貞幹は引用されていない。
予審担当だったという言い伝えがある。
ついでながら傳平の長女ゆくは、長浜の北呉服町の名刹願養寺八世・長了義に嫁いだ。その長男良順は後に下郷家に入り、京都近鉄百貨店の前身・丸物の専務取締役など京都財界で活躍した。願養寺の長家は次男の義堂が継承し、二代目下郷が建設した財団法人下郷共済会の文庫長として活躍するかたわら司法保護司など公職を重ねた。願養寺は小谷城の浅井氏、長浜城の秀吉時代からの由緒ある名刹でもとは湖北町小谷山の麓にあったが、天正元年の小谷落城後、秀吉の長浜城建設に際し長浜に移築した。
後水尾天皇直筆の六字名号ほか、隠元、月照の書など寺宝が多い。
下郷は商売の天才であったが、それは生まれつきの天性に加えて貧困の中から立ち上がった負けず嫌いの根性による。彼の記憶力は抜群で、大工の手間にせよ紙代にせよ「何年何月の書付を探せ」と店員に指示し、指示した場所に必ずあるというやり方。新聞記事でも何年何月何日の何新聞にでている、と記憶し、5,6年前のことでも間違いなく覚えていたという。算数の達者なことは店員や関係者の評判で、4桁、5桁の計算は暗算でやり正確だったらしい。
下郷と一緒に金巾製織や近江銀行、日本絹糸紡績、大阪病傷保険会社などを興した京都財界の田村正寛は「これまで随分多くの人に接したが、その記憶の確かなことは日本国中で大隈重信公爵(首相、蔵相、早大創業者)と下郷氏の2人と思う」とその卓越した記憶力を証言している。
下郷は眼から鼻に抜けるという機敏な性で売り買いも決断がはやく大胆であった。よく儲けてよく散じるのが、下郷流で彼をよく知る身内のものは、「一代で大金を儲けた人は、ただ金儲けに忙しくて、外には目もくれぬものだが、彼は食べるもの、着るものにも金を惜しまず、普請はするわ、別荘は建てる。女には金を徹く。寄付は人より先に、人より多く・・・といったやり方だった」と評している。
滋賀県出身で大阪の豪商となった田附政次郎は次のように彼の長所、短所を語っている。「賞嘆すべき頭脳の持ち主で見通しが的確だった。同時に短気で尊大なところがあった。豪快風というべきで愛憎の念が強くこのため敵も多かった」。
さきに近江新報の項でふれた東浅井郡中浜(びわ町)の西川太次郎は、明治23年の11月、長浜の吉田治朗の紹介で貴族院議員の下郷の秘書となった。そのころの西川の思い出に注目すべき一件がある。「ある時、長浜の高原一義、落合孝平、池野丹蔵、日比久太郎、横田政之慎の諸氏が坂田、東浅井両郡の合併請願のため上京し、下郷に陳情した」。西川太治郎は近江新報に入社後、社長を経て、明治41年4月から43年11月まで4代目の大津市長のほか、県議、さらに衆議院議員に2回当選している。
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