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近江商人と長浜商人
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  近江商人と長浜商人  
5.相場師から会社経営へ
下郷製紙所全景
明治6年、地租(土地に対する税金)改正が行われた頃、長浜の田地は一反(1000平方メートル)に対して年貢(借地料)が米2俵か2俵半。地価はA級で一反80円、B級で70円くらい。地租(固定賃頭税)は100円につき3円と決められた。政府は米価を一俵(60キロ)2円と決めたが、実際はそれより高かった。下郷は一俵2円前後で買って5円くらいで売ってかなり儲けている。

また、政府の決めた地価一反80円も実際には崩れて、彼はその7割安の24円くらいで買い集めた。その田地が後に高騰し莫大な利益を上げたことを当時の友人・高野七郎が証言している。下郷は株や公費でも大儲けしていた。そのころは旧武士の失業救済に政府は多額の公債を発行したが、果たして償還されるのか、維新当時のこととて信用がなかった。
従って額面を大幅に下回って現金にするものが多く、公債市場の相場が安かった。下郷はこれに目をつけ、いずれ額面なで上がることを見通してやすい公債を買いまくった。
そしてこれが大当たりして巨利をつかんだ。

そのうち彼は儲けたカネを事業に投資することを考えるようになり、明治16年、41歳のとき大阪製紙所を買収した。彼はこれを下郷製紙所に改め、洋法製紙の模範工場として毎期1割以上の配当をした。しかし彼はさらに施設の拡充と機械の整備による近代化を画し、明治39年、これを二代目傳平が中之島製紙に発展させた。
近江製紙株式会社 下郷傳平を社長、下郷寅太郎を常務にし、株主は、北川与平、河路重平、伊藤忠三、門野安太郎、阿部房次朗、浅見又蔵、藤井善助、中村喜平、田附政次郎その他、有力な近江商人が顔を連ねた。

資本金30万円で、うち70%の20万円を下郷家、残りを友人の実業家に割り当てた。
彼はまた、明治19年地元の長浜に長浜製糸場を設立した。
後の近江製糸(株)である。
(編注:これは現在長浜日赤病院となっている。)
現、長浜赤十字病院 この他彼は商工業の発展に金融機関の重要性を強調し、明治28年、(株)長浜銀行を設立した。これは後に近江銀行に合弁し、滋賀銀行になっていく。長浜銀行の設立当時の役員は次の通り長浜の実力者が顔を揃えている。
Δ頭取=下郷傳平 
Δ専務=日比久太郎 
Δ取締役=大塚吉平、杉本吉士、宇野文平 
Δ監査役=吉田治朗、河路重平、沓水清次郎、中村喜平

現日本赤十字長浜病院

 
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6.関西財界で活躍する下郷
下郷傳平は事業の天才と言うべきか、明治31年(1898年)56歳で病没するまで、多くの会社を設立、又は経営に参画した。明治の初め彼が創立した米穀売買所は後に長浜生糸米穀取引所になったが、彼はそこの初代理事長を勤めた。

彼が関西財界に下郷ありと注目されるようになったのは明治10年代後半から同20年代で40歳から50歳代の働き盛りのころだった。大阪の下郷製紙、長浜の近江製糸に続いて明治29年京都で日本絹糸を創立した。近江と京都の豪商による紡績事業でその役員は次の通り豪華なメンバーが名を連ねている。
Δ社長=下郷傳平 
Δ取締役=小泉新助(神崎郡旭村)松井久左衛門(五箇荘村)
Δ専務取締役=馬場新三(彦根氏高宮)
Δ監査役=阿部市郎兵衛(能登川)山中利右衛門(五箇荘)

これらは関西に多くの事業所を持つ豪商であるが、このほかに京都の有力財界人が参加している。同社は後に鐘紡に合弁される。下郷はまた河路重平と手を結んで北海道亜麻製綿(株)を創立、室蘭、旭川、清真市に工場を設け、亜麻の栽培、製綿、販売に乗り出した。後の帝国製麻(株)の前身で、西田市太郎(天香)の調査と河路のアイデイアで発足した。

社長に下郷傳平、専務に河路重平、後の西田天香が取締役になっている。下郷は関係会社も多く、重役として活躍している。
明治28年開業の日本貿易銀行では、明治の元勲・松方正義の三男幸次郎(川崎造船初代社長)や伊藤忠商事、丸紅の社長・伊藤忠兵衛、五箇荘の山中利右衛門に伍して下郷は取締役に名を連ねている。

明治20年に発足した大阪電灯(株)は後の関西電力であるが、創立発起人のメンバーには鴻池善右衛門(鴻池組)、住友吉左衛門(住友財閥)、広瀬宰平(住友本社支配人)、阿部彦太郎(能登川出身豪商)ら超A級の財界人と肩を並べて下郷傳平が重役として羽振りをきかせている。

異色な会社としては、明治20年、時の滋賀県知事・中井弘の奨めで、設立した金巾(かねきん)製織(株)であろう。江州商人の本場、能登川出身の豪商を中心にして設立した同社は本社、工場を大阪の西成区野田に設けた。社長は阿部市郎兵衛、重役に阿部市太郎、下郷傳平、小泉新助、西川貞二郎、中村治兵衛らの名がある。
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