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深心院関白記
深心院関白記
文永3年10月26日〜11月15日等(広橋文書 巻28)1巻 当財団所蔵品
『深心院関白記』は、鎌倉中期の公卿・近衛基平の日記である。現在、その記述内容が知られているのは、基平が 10歳であった建長7年(1255)から 従一位関白の現職であった23歳で 没する文永5年(1268)までの期間である。その内、各年の一部が残存しており、近衛家の文庫・陽明文庫には自筆本や写が伝来し重要文化財となっている。下郷共済会所蔵本は、国立歴史民俗博物館所蔵本と同じく、近衛家から流出した自筆本で、文永3年(1266)10月26日からの19日分と、翌年の文永4年3月18日からの2日分、それに同月26日からの5日分が1巻にまとめられている。基平21歳の書で、経過の詳細は不明だが、「広橋文書」中の1巻として伝来した。

この日記は、藤原道長の日記である『御堂関白記』などと同様に、具注暦に記入されたものである。具注暦とは、あらかじめ季節や日の吉凶などを記した暦(カレンダー)の間に、日々の出来事を記したものである。『深心院関白記』の場合は、1日ごとに記された暦注の間に5行の「間書き」と呼ばれる空欄があり、そこに基平による日記が書かれている。

記事内容は至って簡略であるが、展示部分では鎌倉幕府の使者上洛や、亀山天皇の行幸、それに春日祭での奉幣など、公卿としての職務上、重要な記録を残そうとする姿勢がうかがわれる。11月14日には、清涼殿で天皇・公卿たちによって酒宴(といった)が行なわれたことも記され興味深い。また、雪見やなどを行なったとする個人的な記事も見える。蒙古襲来を間近に控えた鎌倉中期の歴史は、必ずしも多くの記録が残っている訳ではない。その時代を生きた一青年公卿の日記は、鎌倉という時代を身近に感じさせてくれる。

近衛基平 関係系図

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深心院関白記
上記写真については国立歴史民俗博物館に帰属します。
文永3年7月は 国立歴史民俗博物館所蔵の重要文化財
雨の跡が当財団所有物と反対についている。
濡れた時期は同じで積み方がちがったかもしれない。


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