世界図屏風は、北を上にした方眼図法で、大西洋地域を中心とし、日本は東の端に描かれています。そして、両脇に南半球図と北半球図を挿入し、下方には南極と考えられていた大きな陸地を描き入れます。画面中央やや下方に位置する赤道と、南北の回帰線、北極圏が金線で示されています。赤道には経度を示すと思われる赤い目盛りも入っています。 この世界図屏風は、16世紀末にイタリア人イエズス会士マテオ・リッチが中国で作った漢字表記の世界地図などを参考にしてつくられたものと考えられています。しかし、極東に位置する日本は、海岸線が比較的詳細に描かれ、沿海には外国船とあわせて日本風の船も曳航しているなど、日本で模したときの創意工夫も随所に表れています。 本州には日本・中国・四国・九州と記入され、その北に「えぞ」と記された島があります。東アジア地域については、中国はみん明(1368?1644)、朝鮮半島は高麗(こうらい)、モンゴルは韃靼(だったん)と記されています。中国東北部には、加藤清正が文禄(ぶんろく)の役(1592年)で進撃したことによって日本人が知ることになった「おらんかい (兀良哈)」の地名を載せています。このことから16世紀末以降の地理情報に基づいていることがわかります。 裏面は、中国の歴代皇帝の年表「異朝暦代皇統図(いちょうれきだいこうとうず)」で、在位期間と年号、その間に起きた戦乱などの出来事を記しています。 年表の最後は、明の唐王の弘光元年(1645)となっていて、これは日本の正保2年にあたると記載されています。