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  幕末維新と開国  
王政復古-外交をめぐる駆け引き-
王政復古通告国書按 複製
慶応4年正月10日  縦45.5cm×横63.8cm
新国家形成への道のり
慶応3年(1867)12月に出された王政復古の大号令は、武家政権の崩壊と明治維新の幕開けを告げる時代の転機であった。しかし、当時の日本の情勢は険しくひとつ間違えば列強の植民地として侵略・分断されてしまう危険性を常にはらんでいた。

「王政復古通告国書按」は、そうしたぎりぎりの状況の中で発行された、
「日本国天皇、諸外国帝王およびその臣人に告ぐ。さきに徳川慶喜政権を帰さんとことを請う。制して之をゆるし、内外政事は之を親裁す。
すなわち曰く、従前の条約、大君の名称を用うといえども、今より後はまさに天皇の称を以って換うべし。而して諸外国交接の職、専ら有司等に命ず。各国公使、その旨諒知せしめよ。   睦仁  御璽」
王政復古通告国書
慶応3年12月外交権は引きつづき幕府にあることを各国公使に承認させ、翌慶応4年1月3日薩摩藩との交戦状態入りを告げた。幕府に対抗する外交措置が天皇政権に必要急務となった。この国書通告の結果各国は慶応4年1月25日 局外中立を宣言することとなった。
出典 日本の歴史 20 明治維新  井上清 中公文庫

いわば新政権の存在を欧米列強に誇示する最初の宣言であった。
展示する品は複製だが、臨時帝室編集官上野武次郎による識書が添えられており、これには「是レ蕗ト岩倉公爵家蔵スル所ノモノ顧フニ正本ノ体裁二擬シテー本ヲ留メタルモノ歎」との鑑定結果がしたためられている。
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